博士論文の謝辞に書きたいもの①――私を自由にさせてくれる「ぷっちょ」はお守り

※今回はご報告ではありますが、研究と関係あるようなないような内容です。

 平和中島財団の助成による招聘が無事完了したため、報告書を作成しました(こちらでは助成一覧のみ見られます)。2016年度なのですが、先方の都合で実際には2017年度の助成となりました。柔軟にご対応くださった平和中島財団の方々、執行と申請をサポートしてくださった立命館大学研究部の方々に厚くお礼申し上げます。
 というわけで、この助成金でフィンランドからお越しになったTさんという研究者の方を夏の間、一ヶ月ほど京都にお迎えしていたのですが、彼と出会ったのは2014年の夏のことでした。実は、Tさんのパートナーの方も研究者で、彼女は私が夏に一ヶ月ほど客員研究員として過ごした東フィンランド大学におられ、そこでお世話になったのがきっかけとなり、今回京都にご滞在いただいたのでした。

 私の滞在していた東フィンランド大学は、クオピオという小さい町にあります。イギリスのサマースクールで知り合ったアリサという友達が、「私の地元にぜひ来て、お部屋も机も用意するから…」というので、博士論文を静かで涼しい場所で書きたかったので願ったり叶ったりということもあり、ぜひ行きたい、お願いします、とお伝えし、2014年の6月に行くことになりました。マンチェスターのワークショップを終えてから、ヘルシンキ空港(当時は研究費が少なかったので、Norwegian Airという最も安い航空会社を使いました)から、アリサの車で5時間ほどのクオピオの街に向かいます。アリサの車内は常時メタルが流れていて、実態はどうだか分かりませんが、「これがフィンランドよ」と教えてくれたのを覚えています。

 その時の私は「日本学術振興会特別研究員」のPD(博論を書いていないので、プレドクの方)で、一応所属はあるが、特に義務はないといった状況でした。ただ、受け入れの先生が異動されるということもあり、とりあえず博士論文を書き上げて就職しようかなとぼんやり考えていました。TさんとパートナーのHさん、お二人と出会ったのはそういう時でした。
 Hさんから、なぜか「ぷっちょ」をいただきながらお話をしたのですが(このぷっちょはお守りにして、クオピオを出て行く電車の中で食べました)、お二人から「博士論文の後は何をするの?」「海外の職にはアプライしないの?」と聞かれたことが一番印象的でした。この質問が一番印象に残ったのは、正直、私がこれらのことを全く考えていなかったからだと思います。「博士論文の後」は、考えていなかったわけではないが、どれも真剣味がありませんでした。考えれば考えるほど憂鬱になりますし、そういう憂鬱さから逃避したくてこうして北欧で夏を過ごしているというのもあったので、自分の現実逃避の場所が仕事の場所になる可能性がある、というのはとても不思議な感じでした。

 Hさんはベトナム出身で、日本で仕事をされ、その後はフィンランドで仕事をされています。Tさんもフィンランド出身でした,台湾,韓国,日本で仕事をし、その後はベルギーで仕事をされるようになりました。そういう二人にとって、国境を超えることはたやすいことなのでしょう。「英語ができないですから」と言ったら、「日本人は上手でもそういうこといいますからね」と流暢な日本語でお世辞を言われたのを今でも覚えています。
 Tさんに「ヨーロッパは色々行ったと思うけど、どこが一番良かったですか?」と訊かれて「難しい質問だけど、クオピオの街は勉強するにはとても良い所です」と言ったら「何も他にすることがないですからね」と仰られて苦笑してしまいました。もちろんそういう意味でもありますが、ゆったりしていてとてもいいところで、今でも私の研究室にはクオピオの地図を貼ってあります。

 フィンランドの夏は朝4時くらいまで明るく、博士論文に没頭するには最高の環境でした。学内のゲストルームで、眠くなるまで論文のダウンロードとチェックを繰り返し、論文にフィードバックして、なんとなく元気がなくなれば学内の湖まわりを散歩して、ランチは学食でアリサやHさんと食べる。たまにアリサや彼女の友達とディナーやサウナ、湖に泳ぎに出かけたり、学科でパーティーしたり、というのを一ヶ月ほど繰り返しました。
 独りでいる間は、よくカーメン・キャバレロの「日本の詩情」というアルバムを聴いていました。実は、ヨーロッパにいるときは大体聴いていますが……。「波浮の港」や「からたちの花」といった日本の名曲のピアノ演奏を集めたアルバムで、当時住んでいた市ヶ谷や、通っていた四ツ谷や本郷よりもこうした場所に合うような気がするなあとなんとなく感じていました。

 たびたび行ったサウナは大学から近く、小さなロッジを併設しています。ここでお茶を飲んだり、ご飯を食べたりして、サウナに入るというわけです。サウナに入るだけではあまり暑くないので、炭に水をかけて温度を上げる「ロウリュ」という作業をしながら入ります。暑くなってきたら、アリサが湖で冷やしたサイダーを持ってきてくれて、それを飲みながらムーミンの話とか、研究の話とかしつつまたロウリュします。さらに暑くなってきたら、つぎは外にでる。カッコウの鳴き声がして、誰もいない静かな湖が見えて、空の色は刻一刻と変わっていく。こんなに美しい風景があるのかと感じました。

 とはいえ、外気温は10度くらいなので(フィンランドの6月は寒暖の差が激しい)、さすがに泳がないだろうなあと思ってたら「ちょっと泳ごっか」とのことで泳ぐことになりました。アリサ曰く、こちらでは、人がいなければ裸で泳ぐこともそれほど珍しくないらしいそうです。しかしまあ水が冷たくて「修行」みたくなってしまったのですが、サウナに入る、泳ぐを繰り返すうちに、なんとなく快感になりました。最近ネットで話題になった交互浴に似ているかもしれませんが、なにより、水に浮かびながら眺める空がひどく美しいのです。

 私はこの滞在の半年後に立命館大学に内定し、職を得ました。HさんやTさんと違って、私は勇気がありませんし、能力も高くないので、日本以外で就職しない、できないだろうとその頃からずっと思っていました。ただ、おふたりが教えて下さった、「日本以外に生きる場所がある」と思えることは、日本で生きていく上でもお守りになると思うのです。きっとそのお守りはこれからも、これまでもただのお守りにしかなりませんが、ただ私をある程度の期間、自由にはさせてくれるでしょう。

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