毎日新聞(大阪本社版)で連載開始――私のごくささやかな試み

 毎日新聞大阪本社版で、『時事ウオッチ』という連載をはじめました。とはいっても、関西の大学に勤める教員4名の持ち回りで隔週なので、実質的には隔月とあまり多くはないです。最初の記事はこちら(https://mainichi.jp/articles/20180422/ddn/010/070/048000c)で全文読めますが、京大吉田寮と立看板に関する規制について書きました。

 このことを教えてくれたのは、私の勤務する大学に院生(厳密には「研究生」)として在籍していたA君です。A君はヨーロッパのある国の修士課程を修了して、私の研究室に来てくれました。その打診をされたのは右も左も分からない一年目の頃で、あまりに立派な日本語と研究計画だったので、「他の富永先生と間違えてるんじゃないですか?」とか言ったような気もしますが、どうやら本当に私を受け入れ教員として考えているようでした。

 彼は研究生として入学後、京都と大阪を中心にいろいろな社会運動や市民活動に顔を出しながら、少しずつ自分に合いそうなところを見つけて調べるようになりました。そのひとつに京大の自治寮もありました。私も『社会運動と若者』という本を書いていたので、彼のお話を聞いたり、彼のお友達に会わせてもらったりすることもありました。私はいま、プロテスト・ツーリズムとかシェアハウス、ライフスタイル運動の研究を遅々たる進みながらやっているのですが、それも、寮という場所における議論や自治の面白さを語ってくれた、彼のお陰だと思います。

 日本での生活にずいぶん息苦しさも感じていたようで、それを癒やしてくれたのが、京都大学だったということもあったようです。最後に彼と、彼のお友達にご案内いただいて寮を回らせてもらったのですが、京大に学籍を持たないにもかかわらず、寮生の方々の中に溶け込んでいるように見えました。もちろん、内実は決して私が数時間で見たようなものばかりではないのでしょうが、彼のお友達の度量の広さといいますか、京大の懐の深さというか、そういうものが垣間見えたようにも思います。最後の日も彼は、寮生の方々に送っていただいて関空まで向かったとのことでした。

 最後の日、寮で何となく二人で話をして、「ありがとう」より「ごめん」がお互い多いことに気が付きました。彼はつねに「あなたも社会運動研究者なのだから、実際に社会運動をすべきなんじゃないか」と私に話していて、私は常に「わかってる。けれど…」と、自分の抵抗感をいろいろな形で言い換えつつ、適切な言葉が見つからないまま、署名や寄付といった手段で済ませては後ろめたさを解消しようとする日々が続いていました。彼の方も、調査や取材は好きだが、どうしても研究が面白く感じられないという点で、研究がうまく遂行できないことに悩んでいたようでした。私の方は、彼の助言を受け容れられなかったこと、彼の方は、真面目に研究ができなかったこと。お互いに、お互いに対する罪悪感があったことをお話しました。

 私はやっぱり、彼のような形では社会運動に参加できそうもありません。それよりは、社会運動の多様な在り方、政治との多様な付き合い方を、執筆や講演を通じて少しでもお見せするほうが、やはり好きだし、自分の役割として適っていると思うのです。割くことの出来る資源がなければ、消費するものをちょっとだけ変えてみる。時間があればボランティアをするし、少しお金に余裕ができたら寄付をする。音楽のこういう聴き方、漫画のこういう読み方もあるんだよと提案をすることで、遠いものに感じられる政治と自分を近づけてほしい。それらは必ずしも、デモやスピーチのように他者を強く説得しうるものではなく、ロビイング/アドボカシーのように政治を動かすものではないことは分かっていますが、一つ一つが、自分の研究や教育でありつつ、社会運動でもあればと思います。
 そういう意味で、こうして自分の考えを新聞に書いてみるのも、社会発信、社会貢献、アウトリーチ活動と呼ばれるものではありますが、すこしでも社会運動としての意味を持てたらいいと考えています。ただ、そういうものを「社会運動」として認めてくれるかどうかは、人によって随分差があるようにも感じています。彼はどういう立場なのかな、とすこし躊躇しながら「君のおかげで、こういう記事が書けたよ」とFacebookを通じて連絡したら、多少は「同志」として認めてくれたようでした。

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