『GINZA』2月号,『第三文明』1月号にインタビュー掲載――女性誌から助成申請を考える

 ファッション雑誌『GINZA』(2月号),『第三文明』(1月号)にそれぞれインタビューが掲載されています。

 『第三文明』では、「社会運動から見えてくる『若者と政治』の在り方」という主題でお話させていただきました。2014年以降の特定秘密保護法に対する反対運動、安保法案に対する抗議行動に連なる「若者による社会運動」の盛り上がりと、立憲民主党の活動への連なりについて言及しています。
 『GINZA』では、企画「セルフプロデュース力『UP』講座」にコメントを寄せています。最初は最近起こったMeToo運動とか、いわゆる事務所とか所属組織を介さないようなセレブリティの政治的・社会的発言についてお話していたのでしたが、話が進む内にわりと個人化とかフロントステージ/バックステージとか自分の研究の話になってしまって、そちらのほうが面白かったのかそっちを使われてます。

 恥ずかしい話ということは自覚していますが、自分は本当に「気になる」「知りたい」一辺倒で研究をしていて、社会に対して思うことはあれどすごく言いたいことというのがない方です。だから、「いま、こうした社会の現状が見られるが、それに対してあなたの研究から言えることは何か」、とインタビューしてもらえるのは助かります。だいたい、他の用務で都内に出かける折に取材もしてもらうのですが、行きの新幹線の中で、自分に話せそうなことを必死に考えてメモしたりして(最初の方は恥ずかしくてメモを隠し読みしながら答えていたのですが、最近は「何言うか考えてきたのでメモみてもいいですか」「あとでインタビュー内容、直させてもらっていいですか」といえるようになりました)、それは「本末転倒」かもしれませんが、実はめぐりめぐって研究のためになっていると思います。

 最近は自分より若い(キャリアが浅い)研究者の方や、海外の研究者の方に研究室にいらしていただきたいので、なるべくできるだけ助成金をとるようにしていて、なんとかぼちぼちとれはじめているところです。ただ、申請書の作成にはいつも苦労します。私自身の研究がふるっていないのもあるかもですし、業績量が少ないのもあるかもですが、なんというか一般的な言葉で説明するのがすごく苦手な方なのです。
 そういう時に、インタビューでいただく「これって◯◯ということですよね?」「こういう意義もあるんじゃないですか」という、記者さんや編集者さんの与えて下さった言葉や意義をふと思いだして書くと、自分の研究の社会的意義をじょうずに伝えられるような気がする時があります。社会の実情を捉えた上で、それに当てはまる言葉で理論や概念を翻訳してくださるというか、そういう力は、助成金申請のような社会的意義を問われる場面だとすごく役立ちます。さすが、ひろく伝える言葉のプロだなあと思わずにはいられません。もちろん研究者も言葉のプロではありますけれども、少し意味合いが違うといいますか。
 そういうわけで、自分の研究(研究というより、若手研究者や海外の研究者に対する支援・招聘は「研究とは別としてやりたいこと」という感じですが…)のためになる取材の機会は、私にとっては大変有難いものです。

 これまでも取材にはお答えしてきましたが、『GINZA』と『第三文明』、じつはこの二つの雑誌のインタビューにお答えしたこと、そしてこうして報告を書くことには、少しではありますが抵抗がありました。適切な認識とはいえないと思いますし、既に多くの先輩方・先生方が既に出られている媒体について言及するに相応しい言葉ではないのかもしれませんが、特定の信仰・理念をもつ団体が強く関与している雑誌に出る、あるいは明確に研究内容と関連が薄いとみなされがちな雑誌に出ることへの葛藤であったように思います。

 ただ、そういう抵抗感は、自分の周りの人、しばしば自分自身が社会運動団体や諸党派に対して抱きうる印象やレッテル貼りと変わらないようにも思いました。そういう「中間集団」や「関心」に対する妙な忌避感というか嫌悪感を乗り越えたいと思って研究や教育をしているつもりですし、たとえ対象とする集団や営為が違うといえど、私の研究に通底しているものを感じてくださったのは、本当に幸せというしかありません。こんなことを思いつつ、いま、助成金の申請書類を書いています。

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