博士論文の謝辞に書きたいもの②――勇者になくて大学教員にあるもの

※今回はご報告ではありますが、研究と関係あるようなないような内容です。

 台湾国立台北大学のWebsiteに富永が掲載されています(http://www.ntpu.edu.tw/chinese/newsUpdate_more.php?id=23795)。最近は研究報告や講演登壇などの研究関連で外に出る事が多かったのですが、今回は大学の教学にかかわることなので「校務」として訪問しました。具体的には、立命館大学大学院社会学研究科の国際化関連プログラムでの協業について議論するために行ったのです。立命館の先生方、事務職員の方がセッティングしてくださって可能になった訪問なのですが、このお付き合いは、実は私が2015年度に台湾に研究滞在していたことも元になっています。

 2015年の年度末に、書籍を執筆するため一ヶ月ほど台湾に行きました。当時執筆していた『社会運動と若者』について、分析の軸をある程度広げるために海外の事例や議論を参考にする必要があると思ったのです。就職一年目だったこともありお金の使い方があまり上手でなく、学内の個人研究費をわずかばかり残していたので、近場で行けるところはないかなあ……と思い、「若者の社会運動」をめぐる状況が比較的近く、また人的な繋がりもある台湾でお世話になろうと考えました。そこで、台北で開催されたあるイベントで登壇した際にお会いしたT先生のお力を頼りに、台湾東部の花蓮という都市にある台湾國立東華大学でお世話になりました。

 だいたい執筆に集中するための滞在をするときは、遊ばないようにあまり大都市でないところを選ぶのですが、台湾には学会やサマースクールを通じて知り合った友人も多く、東華大学でも同僚と仲良くなったため、結構遊んでしまって……いや、メリハリのきいた滞在になったと思います。だいたい、平日は花蓮の教員用住宅で、休日は台北と台南のホテルで過ごしていましたが、花蓮では東華大学の同僚と飲み、台北・台南では元々の知人と遊び……という感じの生活になってしまいました(もちろん研究もしましたよ)。
 台湾の友達と過ごすときは、名所・観光地めぐりのほかに原住民(先住民)料理の食べられるレストランやカフェに連れて行ってもらったり、デモに行ったりしていたのですが、彼らの実家に連れて行ってもらって、日本語でおじいさんやおばあさんとお話することもよくありました。正直なところかなり複雑というか、ただでさえ友達の実家に行くのは緊張する上、当然歴史的な経緯があった上で日本語をお話されているわけですから、どういった気持ちで臨めばいいのか最初はよくわからなかったのですが、歓迎してもらえてとても嬉しかったのを覚えています。
 ある日、台北に住む友人Sと「今日は元宵節なのでやっぱり湯圓を食べよう」という話になり、お祖母様は湯圓づくりがお上手ということなのでご実家に連れて行ってもらいました。湯圓というとお汁粉的なスープとごま入りのお団子をイメージすると思うのですが、Sの家ではピーナツバター入り(きな粉に近い感じ)でジンジャーシロップに浸したものをいただきました。お祖母様と日本語で話しながら湯圓をいただきながら過去のお話を伺ったのですが、彼女は、お連れ合いの方とはいつも日本語で話していて、「日本語で話すお茶会」をお友達とも定期的に開催されていたそう。もう同世代がみんな亡くなってしまったので日本語を話す機会がなかった、またぜひ来てください、と言ってくださいました。

 このとき一緒に過ごしたSは、出会ったときはエディンバラ大学の博士課程でしたが、2015年度の滞在のときは台北大学の助教になっていました。博士課程や特別研究員のころ、イギリスに行った時にはご飯を食べたり泊まらせてもらったりしていて、台湾滞在の際もお祖母様にお会いするのみならず、台北大学のセミナーにも登壇させてもらいました。最近はFacebookでお互いの近況もちょいちょい分かるのであまり「久しぶり」という感じもしませんが、今回の台北大学への訪問が決まったときも「会えるの楽しみだね~」などと連絡し合ったりしてました。
 当時出会った友人たちは博士課程を修了して多くは他国に移ってしまったため、もうエディンバラには誰もいません。Sも違う大学に移ることがあるかもしれませんし、私も在外研究などで日本を留守にすることがあると思います。ただ、ずっと研究を続けてさえいれば、大学の校務か研究かは分からないけれど、どこかでまた交わることがあるんだというのは、彼らとの付き合いからつくづく感じていることです。

 2016年の台湾滞在では、他にも花蓮・台北・台南といろいろな観光地を友人とめぐったのですが、日本統治時代の建物が並ぶ「三峡地区」がとても好きです。台南の林百貨店などもそうですが、日本統治下の時代にできたクラシックな建物の中に入っている、現代風のお店が不思議な雰囲気です。歩いている途中、なんとなく、何のゲームかは忘れてしまったけれど、いつかRPGで歩いた背景にも似ているなという印象を受けました。ただ、当たり前ですが、歴史がつくった現実の風景はフィクションを軽く超えてきますね。
 大学の仕事であれ自分の研究であれ、世界をまわって、縁を作り、資源を集め、より大きい仕事をするというのは(といっても私の場合はそう大きいことはできそうもありませんが)、なんとなくRPGと近いところがあるなあとよく思ったりします。私はあの頃モニターの中で演じたような、世界を救う勇者にはどうもなれそうもありませんが、なんとかかんとか大学教員の生活を頑張っています。飛空艇で飛び回ったドット絵、あるいはポリゴンのフィールドほどじゃないにせよ、私の生活する場所は広がって、仲間やサポートしてくれる人も世界中にいます。
 大学教員の私は当然大学で教えなくてはならないわけで、博士課程や研究員の頃と同じように好きな場所で研究をすることはできませんが、職を得ればまた新しい形での関わりができるのは有難いことだと今回の訪問で強く感じました。世界は救えませんでしたが、世界の不思議を知る生活や、世界の面白さを伝える生活をそれなりに楽しんでいます。願わくば、そういうことを楽しめる自分であり続けたいなと思います。

– 博士論文の謝辞に書きたいもの①――私を自由にさせてくれる「ぷっちょ」はお守り:http://kyokotominaga.com/puccho/

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